【論語】学而第1-1

こんにちは。鈴木尚です。

【学而第1-1】

子曰く、学びて時にこれを習う。また説(よろこ)ばしからずや。
朋(とも)遠方より来るあり。また楽しからずや。
人知らずして、慍(いきどお)らず。また君子ならずや。

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【解釈】

私達が働いているIT業界は、皆さんもご存知の通り、新しい技術がどんどん出てきます。

かつては1つの言語だけを知っていれば仕事がいくらでも出来ましたが、今では毎年のように出てくる新しい言語をフォローしないとなかなか厳しいですよね。

若い頃は物覚えも良いので、新しい事をどんどん吸収できます。特定の言語のエキスパートになったりもします。

するとそのうちに、社内でも頼りにされる人間になるでしょうし、いろんな人が自分に相談しに来るようになります。

論語はそのような状況を、説ばしく楽しい事として推奨しています。

ところが人間は必ず欲が出てきて、しばらくすると「自分はこんなにすごいのに、上司や同僚はわかってくれない」とか、「周りの人はみんなダメだなー」とか、驕る気持ちが出てきます。

論語はそのような状況を戒めています。

人に知られなくても良いじゃないかと。

そもそも仕事について学ぶのは自分の為であって、人に自慢する為では無いはずです。

その原点に戻って、もう一度自分自身を反省してみたいものです。

論語は冒頭からいきなりこのような戒めで始まりますが、ある意味これ一つだけでも心に留めて実践すれば、後は全てうまくいくような、とても深い意味を持った言葉だと思います。

私は以上のように考えますが、みなさんはどう思いますか?

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